日の名残り

仕事への矜持と恋愛   
自分の人生の全てを執事としての仕事にかけていた彼は、自分はどうあるべきという内省のもと、過ぎていった日々の意味について考える。

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

あらすじ

英国執事が主人公。仕事に全てをすすぎ込んでいた時代、ダーリントン卿へ仕えた、執事としての全盛期を終え、新しいアメリカ紳士に仕えていたある日、新しい経営のもと仕事の小さなトラブルが続いたこと、領主の休暇の提案、かつて一緒に働いていた女中頭ミス・ケントンからの手紙をきっかけに、ミス・ケントンを車で尋ねていく話。

6日間の旅行、主人公の回想がストーリーの主題

旅の道中では、執事の品格という起点にして、手紙から想起された父、かつてのミス・ケントンの仕事場での思い出、ダーリントン卿の仕事について回想している。
旅の始まりは、彼女からの手紙でダーリントン・ホールに戻ってきたいという意思が読み取られたこと、そして彼女の仕事ぶりが語られ、彼女が戻ってくるのは仕事上で大変意義があるいう彼の上部の思考が語られる。
アメリカ紳士からのからかいもあったが、自分が彼女に会いたいわけではない、ただ彼女が仕事に必要なのだと自ら言い聞かせながら、道を進む。

はじめの出会いは芳しくなかった

向かう道すがらの回想では、まず出会ったはじめの関係について述べられている。当時、副執事と女中頭が駆け落ちにより不在になったことをきっかけに、彼の父とミス・ケントンがそれぞれの役についた。 彼は彼の父を執事として尊敬し、その本質を品格と読んだ。しかし、高齢による仕事の過失は回避できなかった。ミス・ケントンにより的確に指摘されつつも、納得できず意見を退け、関係は険悪であった。

仕事上での良き仕事仲間

執事の品格を追い求める彼にとって、彼女の意見はいつも正しくはあるが執事のあるべき自分として賛同できないものがあり、それが彼らを対峙させた。しかし、お互いに仕事に優秀であり、彼は適格な判断をし仕事でも優秀な彼女を評価していた。彼女もまた彼を優秀で評価していたことから、次第に職場仲間として良好な関係を築いて行った。

二人の関係の変化

そのような仕事上での良好な関係は、次第に形を変えていく。そのようなことを発展させた潜在的な心情(恋情)は、どこからあったかわからない。転機は、ある日の食器室での二人の間に流れた不思議な空気、初めて手を触れる距離に立ち、お互いの気持ちと関係の変化の兆しに気づく。

執事としてのあり方を優先させる主人公

はじめ、主人公は関係性の変化に気づいたが自己の思いには気づいていなかった。いつも通り執事たるべき行動を実施すべく、適切ではない関係になることを回避するべく、彼女との距離を遠ざけたのである(ココア会議の廃止)。

一方で、自己の思いに気づいた彼女は、彼の気を引こうとしつつ、精神的に不安定になっていく。やがて仕事での良好な関係はくずれていく。

別の男性からのプロポーズ

不安定になり、別の男性から婚約を迫られたミス・ケントンはそのことを主人公に話すが、彼はいつも通り仕事を優先する。叶わない思いの辛さと気をひきたさから、突発的にプロポーズを受け入れてしまう。

主人公の自覚

そんな中、彼の内面でも変化していく。プロポーズを受け入れた後のミス・ケントンは自室にこもっている。彼は扉の前で、彼女の泣いている姿を想像する。その記憶がいつまでも印象強く残っているのは、彼女の涙に突き動かされる自分に自覚したからであろう。

しかし、自分の気持ちに気付いたあとも彼はいつも通りであった。彼にとって仕事が一番で彼女はその後ろにあったのだ。彼は行動を起こさなかったのだ。なぜなら、彼女との関係を修復するための時間は無限にあると思っていたからだ。確かに彼は彼女と一緒に働くことを望んでいた。しかし、それ以上を考えていなかった。

こうしてミス・ケントンの婚約を機に、二人ははなれてしまった。離れたことにより、彼らの関係を修復する機会は永遠に与えられなかった。

もらった手紙の意味

ミス・ケントンとの対面直前には、もらった手紙を読みながら、仕事上の立場としての自分の思考から、やがて自己の内面性への思考を思い巡らすまでにいたる。彼女は戻ってきたい手紙に直接書いていないのである。戻ってきたいという手紙の解釈が、己の内面から来ていることに気づく。

そして、その真意を確かめるべく、20年経った今、本人に会う。

彼の回想の果て

彼は結局あるべき姿を求めて、自分が正しいと思い、選ぼうとさえしなかった。隠そうとしていた恋心を選びとろうとさえしなかった。彼は始終品格のためと思っていたが、選ぼうともしないそれが、どうして、品格と言えようか。彼の仕えたダーリントン卿は過てさえしたが、選んで、その過ちを認めたが、彼は選ぼうとさえせず、道を過ったのだ。それをなんといれば良いのか。

彼の選んだものとは

本の始終で、それは仕事のためだという上部の理由がなければ彼女に聞けなかったこと、そしてクライマックスでさえ、自分の高まる気持ちに明示的に気づいていながらも、あるべき姿で対応しようとする彼の姿勢(笑って正論を言う場面)は、結局彼にとって執事としての人生を全うすることか一番だったことを意味している。

それでも、

彼はその後6日目の回想で、 過ぎ去りし日の別の人生を思うと、追い求めてきたものさえ得れていないという気持ちにもなったが、過去を振り返らず今ある幸せに満足生きていかなければならないと、自分が彼女に行ったことを改めて噛み締めて、前を向いて歩いて行くことを決意する。

過ぎ去りし日はただ胸の痛みとして残るだけ。